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怪談 意味深なうたた寝

imisinnaut.exblog.jp

怪談、クトゥルフ神話サークル『アコンカグア』本島としやのブログです。日々収集した怪談を更新していきます。と思っていたけど最近はけっこうグダグダCDレビューしてる。

『弁舌で世間を説得して動かすなんてことはできません。』

『自分の魂から溢れ出て、力強く切々と語るのでなければ、聴く者の心は得られない。
  本当に心の底から出たことでなければ、人の心には決して訴えないものだからだ。』


ゲーテのファウスト第一部「夜」の一節。
そういえば、俺は高校生のときに学校の図書館でファウストを借りて読んだけど、
正直な話、何言っているのかわからなかった。理解できなかった。何が言いたいのかわからなかった。
面白いとか面白くないとか、心に響くとか響かないとか、考えさせられるとか感動するとか。
いわゆる読後の感想は何もない。だから、ファウストを読み終えて、こういうものか、としか思わなかった。

俺にとって文学は--洋の東西に関わらず--ただの文字の羅列に過ぎなかった。
文学だけでなく、少しは読んだライトノベルも、怪談本も、資料も、全部文字の羅列に過ぎなかった。

今でも変わらない。全ての本はただの文字の羅列だ。文字自身に意味は無い。
文字の意味、つまり本に宿る魂の部分は、本を読んだ人自身の中にのみ生まれる。
これが「感情移入」と呼ばれているものだ。

感情移入をすると、読者はその登場人物の気持ちを想像して、思い、悩み、考える。
これが「同調」だ。

心の底から出た言葉は、同調を呼び起こす何かが宿る。
ただし、その何かは、書き手と読み手とで必ずしも一致しない。
それぞれ別の何かを心に生み出していながら、お互いがお互いと関わりあっているのだと勘違いしている。
でもそれがいい。
「読み手≒書き手」の状態にする何かの事を「念」と呼ぼう。
特定の思想を信じ、自分を含めた全体へ発信することを「信念」
恨み辛み、しがらみの分離していく感情を「怨念」
仏と心を通わせられるように唱えるものが「念仏」

そうしてみると、人生とは、外から影響を受けた思い込んで作り上げた「観念」でしかないのかもしれない。
人は一瞬一瞬ごとに、新たな「念」を自分で創造し、かつ創造した「念」を観ているのだ。
見つめなおしているのだ。そんな気がする。



……ゲーテを読み返したか? いいえ。読み返していません。だって眠くなるもの。
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by tominaga103175 | 2009-10-10 18:05 | 雑談