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不明の卵

近所のマジカルがdvdを在庫処分するそうで、全品半額でした。
四、五本買ってきて、ぼちぼち観ていきます。
ブリジットジョーンズの日記を1と2両方見ました。
いいですな。ブリジット。
好きな映画を聞かれたらたぶん十本の指に入りそうだ。
今から火山高を観ます。最近こういう馬鹿馬鹿しい話が好きで、よく観ます。


すいませんが。今日は「ク・リトル・リトル」用の話を二本書いたのでちょっと頭が疲れてます。
なので短編の方は以前書いて全然売れなかった話を置かせてもらいます。
内容も落ちも中途半端で微妙なんだよなぁこれ。
時間稼ぎだと思ってください。


「不明の卵」

 平山絵里名が死んだのは1980年の3月24日だった。
 その日は雨の強い夜だった。信号無視をしたトラックにはねられたのだ。
絵里名が死の間際の病室で、僕に白い卵を渡した。
僕の手のひらにすっぽりと収まる大きさの卵だが、妙に温かい。
一見しただけで鶏の卵でないことは分かった。
「その卵からは何も生まれない。でも、きっとあなたに良い事が起きると思うわ」
 幸運の卵なのよ。
 絵里名が死んだのはその一週間後の事だった。
 なぜか喉を掻き毟って死んでいた。
 僕はこの卵を絵里名の形見と思って大切に取り扱った。
 この卵は不思議だった。
 一度手を滑らせて、卵を床に落としてしまった事がある。
 割れる! そう思ったが、卵はまるでゴムボールのようにポンポン跳ねて転がった。
 奇妙だった。
 例えば深夜、僕が寝ていると、キチキチ氷が溶けて軋むような音を立てていた。
 そして小刻みに振動しながら、くるくる回っていた。
 驚いて近づくとさっきまでの振動が嘘のように止まって、明かりもつけていない僕の部屋には再び底冷えするような静けさが帰っていた。
 卵の温もりはいつまでも消える事が無かった。
 やがて絵里名が死んでから二年経った。
 僕の姉に娘が生まれた。
 笙子と名づけられた。
 
梅雨にはいって一週間。じめじめと不快な天気が続いている。
ソファーに座って、雑誌を読みながら姉が来るのを待っていた。
姉に会うのは結婚式以来である。
それが突然電話をよこして、次の僕の休みの日に笙子を連れて訪ねるからと、僕の抗議に聞く耳も持たず、一方的に決めてしまったのだ。
娘を自慢したい気持ちが分からんでもないが、今でも姉の権力を使って理不尽を押し付けるのは勘弁して欲しいものである。
とはいえ僕も笙子を見てみたい気持ちはある。
そんなわけで、せっかくの休みをだらだらと姉に待つために消費している。
時刻は11時前である。
昼前には着くだろうと言っていたから、そろそろか。
あくびをしながら、雑誌をソファーの上に放り投げると、チャイムが鳴った。
姉だった。
笙子は姉に抱えられてすやすや眠っていた。
まだ一歳になっていない。姉によく似た顔立ちだった。
「久しぶりー元気にしてた?」
 明るい僕の声とは裏腹に、姉はひどく沈んだ面持ちで「久しぶり」と答えるだけだった。
 笙子を布団に寝かせて、姉は深くため息をつく。
「どうしたの姉ちゃん。旦那さんと何かあったの?」
 姉は首振る。
「じゃあ子育てに疲れた? なんだかよく分からんけど、何でも話してくれていいよ」
「うん」
 姉は出されたコーヒーに砂糖を二つ入れ、ミルクを二滴たらした。
 コーヒーの好みはまだ変わっていないようだ。
 ぼんやりそんな事を考えながら、俺は姉の次の言葉を待っている。
 11時を告げる、はと時計のメロディーが流れた。
「笙子の事なんだけど」
 話辛そうに姉は重たく口を開いた。
「夜泣きが凄いの」
「まぁ赤ん坊だからね。それはしょうがないよ」
「ううん。違うの。普通の夜泣きならいいんだけど……」
「なかなか泣き止んでくれない?」
「違う。女がいるのよ。夜泣きする笙子の脇に立っている女が」
「どういうこと?」
「幽霊っていうのかな。体が透き通っているけど、その姿は毎晩見る。わたしの知らない人。髪の毛の長い真っ赤なワンピースを着ている女が、笙子の脇に立って、毎晩毎晩顔を覗き込んでいるの。そして、笙子に対して何か言っているの。ぼそぼそ話すからよくは聞き取れないんだけど、怖くって。でも笙子に取り憑いたりしたら嫌だから必死に追い払おうとするんだけど、翌日の夜にはまたあの女が現れるのよ」
 毎晩。毎晩。毎晩。毎晩毎晩毎晩。
「旦那さんは」
 言いかけたとき、僕は気づいてしまった。
 姉の肩越しに襖がある。
 その奥の布団で笙子は寝ているのだが、さっき閉めたはずの襖がいつの間にか開いている。
そして、笙子の傍に女がいた。
体が透けている。
透けて向こうの景色が見えている。
その女は覗き込むように笙子の顔をじっと眺めて、何事かをぶつぶつ呟いている。
唇の動きが早い。
なんていっているのか分からない。
「良弘には見えないみたい。私が何を言っても子育てに疲れてるんだ、だとか、子供なんだから泣くのは当たり前だとか。まるで取り合ってくれないの」
 姉が言う。
 でも僕には姉の言葉が頭に入ってこない。
 女の顔には見覚えがあるのだ。
 絵里名。
 平山絵理名である。
 なぜ?
 なぜ?
 俺は絵理名にもらった幸運の卵をちらりと見た。
 卵はずっと本棚の上に飾ってある。
 姉は僕の視線に気がついたのか、振り返る。
「あ」
 思わず僕は声を出す。
 だが、さっきまでいたはずの絵里名は既にそこにはいなかった。
「どうしたの?」
 姉が聞く。
「なんでもない」と僕は答える。
「一度その筋の人に見てもらったほうが良いかもしれないよ」
 僕が言う。
「実は、あんたに電話する前にこっそり笙子を連れて、お寺に行ったの」
「……結果は? って聞くまでもなくあまり良い答えが返って来なかったんだね」
「このままだと、笙子は長くないって。お祓いしようにも、女の力が強くて、笙子の死期を早める事になるかもしれないからうかつに出来ないって言われた」

 しばらくして姉は帰っていった。
 姉には、出来るだけ協力する。良い霊能者を探してあげるなどと言い聞かせた。
 今晩も絵里名は出るのだろうか。
 どうして僕のところではなく姉の、しかも子供のところに出たのだろうか。
 何もする気が起きなくて、その日は昼からずっと眠ってしまった。
 その日の夜。カタカタと奇妙な音が聞こえて、僕は目を覚ました。
卵である。
 卵が小刻みに振動している。
 卵には文字が浮き出ていた。
 青筋のような色で、細い線で『割れ』と書かれている。
 絵里名の顔が頭に浮かんだ。
 姉の話だと、今は丁度笙子の傍に絵理名が現れている時間である。
 僕は布団の上に新聞紙を置き、その上に卵を乗せる。
ハンマーを構える。
 そして勢いよく振り下ろす。
 カシャっと気味の良い音がして、あっさり卵は割れた。落としても割れなかったあの卵がいとも簡単に割れてしまったのだ。
 卵の中にはあるべきものが無かった。
 黄身や白身の代わりに、一枚の紙切れが小さく折りたたまれている。
 
 また会いましょう。

 一行だけ、神経質そうな文字でそう書かれていた。
 電話が鳴った。
「もしもし」
 姉からである。
「さっき、またあの女が出てきたんだけど、今度は笙子じゃなくて私の傍に現れたの。そして、もう二度と姿を現さないから心配しないでって言ったのよ。だから私は、笙子は助かるのかって聞いたのよ。そうしたら、うなずいてくれた。笙子は助かると思う」
 そこで電話が途切れた。
「もしもし、もしもし、姉ちゃん?」
 うんともすんとも言わない。
受話器を置く。
それにしても――
また会いましょう。とはどういう意味だ?
 幾ら考えても答えなど出るはずも無い。
 翌日、朝一で電話がかかってきた。
 姉の旦那からだった。
 そして姉が娘を連れて失踪した事が伝えられた。
 更に翌日、姉の死体が見つかった。
 姉の家から200キロ離れた四辻である。
 そこで姉は己で己の首を絞めていた。そしてなぜか南を向いてきっちり正座していた。
 近くに笙子の姿は無かった。
 その場所は、絵里名がトラックに轢かれた場所だ。僕は気づいていたが、誰にも言いだすことが出来なかった。

 姉が死んでから二ヶ月が経った。
 笙子の捜索は失踪後続けられているが、実質打ち切られたも同然だ。
 僕は度々、笙子の傍に立つ絵里名を思い出し、卵の中から出てきた紙切れの文句に身震いする日々が続いた。
 もう一度会いましょう。
 その言葉が絵里名の言葉ならば、いつかは僕も殺されるのだろうか。
 そう考えては恐ろしくなり、しかし、どうしようもないまま時間だけが過ぎていく。
 そんなある日、再び姉の旦那から電話がかかってきた。
 話を聞いて欲しいとの事である。
「美智子が死んでから、毎晩美智子の幽霊が出るようになったんだ。いや、美智子ばかりではない。見たことがない女と二人で自分に何か話しかけて来るんだが、しばらくは何を言っているのか全然分からなかった。美智子の幽霊に会えたことは嬉しいが、二人とも必死に何か訴えて来るんだ」
 姉の旦那はそういっていたが、僕にはどうすることも出来ない。
 
やがて姉の旦那の訃報が伝えられた。

次は僕の番だろうか。

それから一週間がたった。
急に笙子が見つかった。
笙子は生きていた。
姉夫婦はアパートに住んでおり、アパートの管理人が、引き払われた部屋を確認するため姉夫婦の部屋に入ったところ、笙子がベビーベッドの上ですやすや眠っていたというのだ。
それまでにお通夜があったし、何人もの人がアパートに足を踏み入れていた。
そもそも赤ん坊が誰の世話も受けずに失踪から今までの時間生きていることはどう考えても難しい。
赤ん坊を見つけた時間が夜の9時を回っていたので、ひとまず今晩は僕が赤ん坊の世話をして、明日の早朝に両親が受け入れる話になった。
笙子は起きる事が無かった。
僕の家に連れて車での間、安らかな寝息を立てて。無くどころか、目さえ覚ます事がなかった。
俺は笙子を寝かせると、深夜を待っていた。
姉の旦那の話が本当だとしたら、絵里名と姉が今晩俺の近くに現れるかもしれない。
俺は不可解な一連の出来事に恐怖していたが、一目見てやろうと二人が現れるのをまっているのだ。
午前2時を知らせる時計のチャイムが聞こえる。
ぼそぼそと話し声が聞こえた。
気がつくと僕の周りには三人の人間が立っていた。三人が三人とも姿が透明である。
一人は、絵里名。
一人は姉。
そしてもう一人は、姉の旦那である。
三人が必死に何かを僕に伝えたがっている。
しかし、声が聞きとれない。
突然笙子が嵐の様に泣き出した。
手足をばたつかせて、暴れる。布団を蹴り飛ばし、床を殴りつけるようにばたばたと動かしている。
僕が必至になだめようとしても一行に納まる気配が無い。
三人の幽霊の口調がはやく、激しくなった。
しかし、相変らず何を言っているのか分からない。
――しょうこ
絵里名の声が一瞬だけはっきり聞き取れた。
「笙子?」
 瞬間、笙子が痙攣を起こした。
 口から泡を吹いている。
 やばい。救急車を呼ばないと、笙子の命が危ない。
 受話器に手を掛ける。
 ずるり。
とも聞こえた。
 ぬるり。
 とも聞こえた。
 笙子の口から白い卵が吐き出された。
 ゴト。
重たい音がした。
吐き出された卵が僕の足元に転がってきた。
笙子は嘘のように静かになった。
慌てて駆け寄る。
笙子はすやすやと寝ている。
三人が猛然と何かを言う。
「笙子は危ない!」
 はっきりと姉の声が聞こえた。
 笙子『は』危ない?
 笙子『が』危ないなら分かるが、どういうことだ。
 うろたえた僕は何かにつまずいて転んだ。
 カシャと乾いた音が響く。
 笙子の吐き出した卵だ。
 卵につまずいたのだ。
 中から一枚の紙が覗いている。
 僕はその紙をつまむ。

 また会いましょう。
 
 そう書かれている。
 僕の体が突然言う事を利かなくなり、足から力が抜けてその場に倒れた。
 喉が痒い。
 まるで喉の内側から蟻が這い上がってくるようだ。
 駄目だと思っても僕は喉を掻き毟っていた。
 痒くて痒くてたまらない。
 血が出ているのが分かる。
 でも、やめられない。
 痒い。
 痒くてたまらない。
 ふと、笙子のことが気になった。
 笙子は目を開けて僕をじっと見つめていた。
にやりと笑った気がした。

 僕も絵里名や姉と同じように死ぬのだろうか。
 笙子は倒れた僕をじっと見ている。
 僕の体はやがて力を失い、指の一本さえも動かす事が出来なくなった。



 翌日のニュースで僕は死んだ事を知った。
 今、絵里名と、姉と、姉の旦那と四人で笙子の傍に立っている。
 
by tominaga103175 | 2008-02-24 22:51

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